sand cube

The more I learn the more I realize I don't know. The more I realize I don't know the more I want to learn.
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# 被災記(iii)
3/11(金)@仙台
地震1日目(夜)
同行:S木さん→Aちゃん

(後)

SMSは送れるが、届いたのかよく分からない。


部屋に戻るときに声をかけた同じ階のAちゃんと相談し、
夜は避難することに。
夕方、寝袋(これがのちのち役立った)や水、充電池のラジオ(中学の技術で作った。ライト付き)、毛布にお菓子を持ってアパートを出る。...(1)

とりあえず仙台に引っ越すときに生協の人に言われ、近所の看板でもいつも見ていたので二高へ行く。
グラウンドを突っ切って行くと、車に乗っている先生がいたので話しかけた。
どうやら二高生と思われたが、説明したら「北陵館に行けば何とかなるかも」と教えてくれた。
北陵館は二高の正門から道路を挟み、テニスコートの奥にある新しめでワンフロアの建物である。



入り口にいくと何人も先生が立っており、
柱のそばにどこから入手したのかプッチンプリンや午後ティーがたくさん積んである。
中にはパイプいすをたくさん並べ、生徒たちがすわっているらしい。


近所に住んでおり、指定避難所の話を覚えていたので逃げてきたと話すと、
「ここには何にもない」
「準指定避難所だから、(指定避難所の)立町小に行くように」
と入れてもらえなかった。
これが難民かと思った。
(後で聞いた話だと、「二高も校舎がもろく、人数も入らないので立町のほうがいい」ということだったらしい。その説明なら納得である)



とは聞いたものの、仲の瀬橋(結構長い)を渡るのは怖いので、
そのそばのベンチ付きのバス停でしばらく休む。
歩いていたときは気付かなかったが、余震が何度も来る。

そのたびに歩道の広いところに出て身の安全をはかる。
まだ渋滞している。さっき目の前にいたバスが10分経っても数m先で進めないまま。



その後立町に行こうとしたところでどうやら近所のご家族といっしょに歩く。
このときお父さんが二高に聞きにいってくれ、夕方の拒否の理由が判明。
そこで「学生なら東北大に集まってるから行った方がいい」と言われ、大学へ行くことになる。
ご家族は立町小へ。



大学の川内北キャンパスへ向かうもほとんど人気はない。
公衆電話に少し人が並んでいるが、どうみてもこれは体育館にも避難していない。
文系キャンパスへ抜けるも同じ。
渋滞は変わらず続いている。
ここで立町小へ向かうことにし、青葉城址の下り坂を下りる。
瓦が落ちて割れていたり、塀がひび割れたりしていた。驚いた。

もうすっかり暗く、さっき少し降った雪のおかげで階段の段差がぼうっと白く見える。
ちょうどこちらに向かってきた大人の男女2人組に声をかけると、なんと薬学部の先生だったらしい。
アイソトープセンターにいたらしく、青葉山から途中まで送ってもらってやっと降りてこられたそうだ。



大橋(仲の瀬橋の一本南側)を渡って川向こうへ。
その橋はなかなかおしゃれでレトロな石橋風(?)の作りなのだが、この日一本街灯がたおれていた。
歩道側に寄せてあった。
先生が「気をつけてね」と声をかけてくれる。
交番前の大きな交差点で別れる。
角のメルセデスベンツはガラスをシートで覆っていた。




そこから北側へ一本進むと歩道橋で立町小へ一発なのだが、
やはり慎重になって横断歩道まで回り道する。
途中ローソンが開いていたが、人が並び暗がりで懐中電灯で照らしながらレジ打ちしていた。一種異様な光景だった。
『東京マグニチュード8.0』を思い出した。



たどり着いた立町小の玄関の案内の声でほっとする。
こんなときなのに「土足でいいのか?」と悩んでいたら「土足でいいですよ」と言ってくれた(照

夜は2階の一番奥の教室(朝見たら2−2だった。そういえば自分は小学校のころずっと2組だった)で寝る。
この日は毛布も食料もなく、あわてて持ってきた(1)が役だった。
2人なので寝袋をかけぶとんの様にし、毛布を敷いて暖を取る。



目の前のギャル2人は外出途中と行った格好で寒そうだった。
せめてと思って持っていたハッピーターンをあげた。
余震のたびに「揺れたよね!」「ヤバい!」と若干ヒステリックだった。まぁしょうがない。

右隣の4人組(きれいな英語を話す外人さんと日本人男性の旅人2人組、学生2人)が元気。
何かないかとコンビニへ行って戻った旅人2組がお酒を買って帰ってきて一杯やっていた(笑
その男性がキャリーにもたれてぐーすか寝ていて良かった。

赤ちゃんのいるお母さんが何人かいるがほとんど夜泣きもしない。
なんてお利口さんなんだ。元気に大きく育つんだよ。




各教室に電池式のライトが数個あり、なんとか目は見える。
水は止まっており、トイレが辛い。


「○○さんはいらっしゃいませんか?」と何回か係の人が回ってくる。
この教室がラストなのか、百中でこの部屋で見つかる。

床が堅くて寝付けない。寒い。
余震のたびに窓ガラスがきしんでいた。
電気がないので星がとてもよく見えた。
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